スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

1、はじめに

あなたは何のために生きているのか、考えてみたことがありますでしょうか?高学歴・高収入を得るためですか?幸せな結婚をするためですか?子や孫に囲まれ不自由ない老後を楽しむためですか?有名になるためでしょうか?
 これらは確かに生きていくための目標とはなりますが、実際はそれを達成するだけでも大変なことですし、なかなか理想通りには行かないのが現実です。しかし、仮に目的や夢がかなったら、その後はどうなるでしょうか。結局はまたその時その時で常に願望は変化して存在し、無いものねだりをすることになります。これらは目に見える幸せを実感するための手段でしかなく、本当の意味での人生の目的とはいえません。
 皆さんは自分がいつか必ず死ぬ、という実感を持っていますか?日々その実感を持って過ごしていらっしゃる方は少ないんじゃないでしょうか。特に人間の一番自然な部分であるところの生と死は、現在の都市においては全て病院の中に押し込められてしまっていますから尚更です。ここに近代物質文明の大きな問題が存在するわけですが、死ぬ時に今までの人生で築いた地位や名誉や財産を持って旅立つことはできないことは誰しも理解していることです。また、死んでしまったら全てが無になる、その先は何も無い、ということではないということも、本能的にたいていの人は理解しています。肉体は滅びても霊(たましい)は残るということです。だからこそ死後の霊の安寧(あんねい)を願う多くの信仰が古くから存在してきたのです。ただ現在に至って、死というものが身近に感じられない時代になってしまったからこそ、より目先の豊かさに翻弄(ほんろう)されるようになってしまったのです。
 本当の人生の目的とは?死後の世界とは?魂(たましい)はどこから生まれどこにかえるの?なんのために?それらの答えを完璧に教えてくれるところがあります。それがこれよりご紹介します「天道」です。
  
よろしければ『ぽち』っとして下さいませ(*^▽^*) → 
スポンサーサイト

2、天道とは?

「天道」とは分かりやすく言うと「天から降ろされた道」であり、「天へと帰る道」です。天とは全ての魂(たましい)の故郷、永遠の極楽天国のことです。この天国の名前を「理天界」と言います。

 私達の肉体に宿る魂は、もともとこの理天界にいました。すべての魂はひとしく美しく、光り輝いていました。そして、全ての魂をお産みになられた親神さまと、親子楽しく暮らしていました。ある時、親神さまは思いました。「かわいいこの子たちをいつまでも、私のそばにおいておいては、いつまでたっても、成長しない」と。「可愛い子には旅をさせろ」と言いますよね?まず親神さまは宇宙を創造されました。そして天地を造られた後に、肉体の中に、ご自分の子供である魂を宿らせ、修行させることになりました。

 しかし、子供たちは極楽世界から離れようとしなかったので、親神さまは子供たちを地上に降して、天に帰る道に鍵をかけてしまわれたのです。その時、地上で泣き叫ぶ子供たちに、親神さまは「時期が来たら、必ず迎えに行くから、その時まで、しっかりと良い子に成長するのですよ。」とおっしゃって、子供たちと約束を交わされたのです。そして時が経ち、多くの師が親神さまの天命を受けて、子供たちに正しい生き方を教えられ、子供たちは輪廻の世界の中で成長していきました。親神さまは、子供達がより成長しやすい様に、最も優秀な子供を一人ずつ選ばれ、この救いの法を返す事をもって親神さまの意志を読み取れる様にされました。その子供達は、最初帝王一人から一人へと受け継ぐ形で、世の中の基盤である文化社会の礎(いしずえ)を構築されました。

 次に聖人の方達に一人から一人に受け継ぐ形で、人々の心身を修める方法を導かれました。聖人方は皆、親神さまより同じ使命を頂きながらも、それぞれの方法で、人としての正しい生き方と「大愛」の大切さを説かれていたのです。

 しかし、教えのとおりにはなかなか行かず、修行の途中で子供たちが失敗したり、欲に眼がくらみ、輪廻の世界でよごれていきました。ある子は良い子に成長しましたが、中には悪い子もいて、やがてそんな子供が増えてしまい、とうとう他の子をおびやかすようになってしまいました。そのために一度、修行場である輪廻の世界を大そうじしなくてはならなくなってしまったのです。秋の前触れには台風がやってきます。今、輪廻の世界全体に浄化の台風が吹き荒れようとしています。しかし、親神さまは、約束を守った良い子供たちが一緒に吹き払われるのは忍びないと思われ、約束どおり、もとの極楽世界に連れ戻そうと決められたのです。それで、この話を信じ求める人全てに、天国行きの切符を授け、真の極楽世界、理天界に帰る鍵を開けることを決められました。

 天道は、親神さま直々のご指示のもとに、真の救いの法をお伝えしています。親神さまが迎えに来て下さる時期に至り、聖人方のように立派でなくても、この道を信じ求めるだけで救われるのです。私たちのような庶民が、こうして救われるようになったのも天の時が満ちたからなのです。

よろしければ『ぽち』っとして下さいませ(*^▽^*) → 

3、輪廻のお話

<理天界>
 私たちの魂の生まれ故郷は親神さまのいらっしゃる理天界という素晴らしい極楽の世界です。はるか昔、親神さまは96億の魂をお生みになりました。そして96億の魂は親神さまのもとで理天界で暮らしていました。

<象天界>
 しかし、親神さまは私たちの魂を磨かせ、修業して成長させるために、象天界(しょうてんかい)という世界をお造りになり、そこに今からおよそ六万年前、96億の魂を降されました。象天界とは形ある世界のことで、いわば私達が住んでいる、この地球のことです。もちろん理天界には肉体というものはありません。ですから、病気やけがもなければ、いろいろなわずらいもありません。しかし、象天界で肉体を持った魂は、肉体を持ったがために様々な欲望が生まれてきたわけです。そしていつしか象天界を修業のための世界だということを忘れ、親神さまの言いつけを破り、魂を汚すこととなってしまいました。

<地獄界>
 このままでは理天界へ帰ることはできません。象天界で作ってしまった罪を浄化するための苦しい世界である地獄界(じごくかい)ができることとなりました。死後、魂は象天界を去ると、三途(さんず)の河を渡り地獄界へと行き、閻魔大王(えんまだいおう)の裁きによって行く先を決められます。そこで生前罪があれば、それを清算するために地獄界で苦しい刑期が科せられます。そして、その刑期が終わり罪を消滅したら、象天界へと魂は向かい、次の肉体に宿ることとなります。しかし、このとき人間に生まれ変わるとは限りません。生前の行いによっては、動物や鳥、魚や虫などの四生に生まれ変わることも往々にしてあります。いったん四生に生まれれば、再び人として生まれ変わるには何度も何度も転生を繰り返さなくてはなりません。九死に一生を得るとはまさにこのことをあらわしております。

<気天界>
 生前、悪をいましめ、善を行い、功徳の高かった霊は、死後、閻魔大王の審判によって、気天界へ魂の席が移されます。気天界はとても素晴らしく居心地のよい世界で、神社や仏閣の神々が住む世界です。しかし、気天界の在天期間には限りがあり、最高でも500年です。気天界の在天期間を過ぎれば、再び象天界に転生しなくてはなりません。

<三界輪廻>
 三界とは、象天界、気天界、地獄界の三つの世界のことです。魂は、この三界をぐるぐると果てしなく回り続け、生まれ故郷である理天界へ帰れなくなってしまったのです。さらに、象天界で念を残して死んだり、幼くして死んだりした魂は、三界の輪廻にも入れず、象天界の裏の世界である「地上餓鬼界」と言う世界を形成することとなってしまいました。
 さあ、次のステップでいよいよ三界の輪廻から解脱する唯一の方法、「得道」についてお話を進めさせていただきます。

   輪廻図


よろしければ『ぽち』っとして下さいませ(*^▽^*) → 

4、得道(三宝/一指貫天の法)

 苦しい輪廻の世界より脱して、魂の故郷へ帰る切符を得ることを「得道」(とくどう)と呼びます。本当の救いは、人間の勝手な修行や信仰のみでは得ることは出来ません。親神さまのお許しのもと、理天の神仏が直接授ける救いの法を得て、はじめて本当の救いとなります。
 得道の儀式で伝授されるお宝を「三宝」と言います。しかし、三宝は天機と言って、いわゆる天の機密事項となっています。仏典にある「教化別伝(きょうげべつでん)・不立文字(ふりゅうもんじ)・以心伝心(いしんでんしん)」とはまさにこの三宝のことを示しているのです。天機ですので、その全容をここで明かすことはできませんが、どのようなものかだけ、触れることにします。

1、『合同(ごうどう)』
 これは手の組み方、手印であり心印です。万霊の親神さまとの親子の絆、親と子の証を表すものです。

2、『口訣(こうけつ)・無字真経(むじしんきょう)』
 無字真経は、字のないまことのお経です。このお経は護身の究極と言っていいものです。もしも身に危険が迫ったとき、手印を組み、無字真経を唱えれば、たちどころに神佛の御加護があり、どんな災難も回避することができます。

3、『玄関(げんかん)・霊魂の正門』
 魂の正しい出入り口「玄関」を開けてもらいます。得道で、この魂の玄関を開けて頂くことによって、死後、霊魂は肉体から玄関を通って出ることになります。
 この玄関は理天界へ直結する門戸です。この玄関が開いていないと魂は他の穴から出て行きます。目から魂が出れば鳥類、耳から出れば四つ足に、口から出れば魚類、鼻から出れば虫に転生すると言われています。つまり、玄関以外から出た魂は、再び生まれ変わらなければならないのです。

 得道によって玄関が開いた私たちは、三界を輪廻することもなく、次の肉体に転生することもなく、理天界と言う最高の極楽世界へ行くことが出来るのです。もう二度とこの世にも、地獄にも生まれ変わる必要はありません。
 得道をすれば、死後、玄関から魂が出て理天から迎えの神々に誘われて、魂の故郷、親神さまの御許である極楽理天界に帰り着くことが出来ます。得道者のお骨の玄関の位置には、小さな穴が開いていた、死後硬直せず安らかな顔だった、と言う報告が多数よせられています。これは親神さまの勅命・天命ある天道にのみ許された救いです。他のどんなに素晴らしい教えを説く宗教でも、決して得ることは出来ません。
 宗教などは心を癒(いや)し、救いの手を差し伸べることは出来ます。しかし、魂の救いまでは到達できません。ですから、どんなに宗教の教えを極めても、魂の行き先は気天界までで止まってしまいます。また、逆に宗教によって人心をまどわし、私腹を肥やすようなことがあれば、地獄の最下層まで真っ逆さまに落とされてしまいます。
 天道には一度お参りするだけで天国へ行くことができる「得道」があります。得道を得さえすれば、理天界での永遠の幸せが約束されます。これ以上の幸せはどこにもありません。得道を受ければ、もう救われていることですから、死後何の心配もいりません。この得道を受けるには、特別な資格や修行も必要なく、年齢も問いません。信仰をお持ちの方はそのまま続けて下さっても結構です。素直な心さえあれば、ご先祖さまのお徳によりそれを得る機会が与えられます。ただ真心を示すための功徳費を納めるのみです。(※功徳費は一万円以上となっております。)

よろしければ『ぽち』っとして下さいませ(*^▽^*) → 

5、単伝から普伝へ

 さて、どうして三宝、そして天道は長い間人々に知られることなく、しかしながら脈々と今日まで続いてきたのでしょうか。

 天道は、宇宙誕生から既に存在していました。天道が人の手に降りたのは今から約5千年前の中国でのことです。万物の理を解き明かした伏羲氏(ふくぎし)を始めに約1500年間、帝王から帝王へと伝えられ、次に主にインドにおいて約3000年間、聖人から聖人へと伝えられ、1人から1人へ、いわゆる一子相伝(いっしそうでん)の秘伝として伝えられました。この時代のことを「単伝」と言います。それは多くの人の手に渡って分派分裂するのを避けるためであり、確実に後世へと伝えるためです。全ての弟子に真法を伝授することができなかった師が少しでもご縁をつなげる為に説いたものが宗教の教えとなって今日まで残されているというわけです。魂の成長のためにこの世に降ろされてきたわけですから、一人前にならないままの状態で理天に帰ることでは意味がないのです。ですから厳しい修行を重ね、真理と大愛を学んだ、聖人賢者レベルの方でなければ、得道を許されなかったのです。これを「先修後得(せんしゅうこうとく)」と言います。
 しかし、末世の大災難の迫るこの時期に至り、親神さまの大慈大悲により、広く人霊に法(三宝)を伝えることが許されました。これを「普伝」と言い、19世紀頃より庶民から庶民へ伝えることが許され、難行苦行をせずとも帝王・聖人が得た法を得られるようになりました。すなわち、先に法を得てから後にこの道を行ずることをもって修練する「先得後修(せんとくこうしゅう)」の時代へと切り替わったのです。

 人類が積み重ねてきた業(カルマ)はふくれ上がり、爆発寸前です。地球規模の大きな清算、浄化が行われる前に、全ての霊を救うべく広く世に天道を知らせることとなったのです。

よろしければ『ぽち』っとして下さいませ(*^▽^*) → 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。