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18、六道について

 六道とは、気天道(きてんどう)、阿修羅道(あしゅらどう)、人間道畜生道(ちくしょうどう)、餓鬼道(がきどう)、地獄道と呼ばれる六つの世界のことです。魂はこの六つの世界を輪廻しています。そして、私たちが人間として生きる中でとても深く影響を与えています。
 人間道と畜生道は、今私たちが現実に見える世界、象天界にあります。人間として、そして色々な動物として、それぞれの修行をしているのです。気天界には気天道と阿修羅道があります。この世界は、人間だった時に徳をたくさん積んだ魂が昇るところで、普通、「天国」と言われるところです。阿修羅道は、気天界の中でも、戦い好きな荒々しい世界です。餓鬼道、地獄道は、一番苦しい世界です。人間世界での悪い行ないの分だけ、ここで苦しめられて清められなければならないのです。
 
~六道がまとまっていないと~
○たとえば、本人があそこへ行きたいと思っても、他の五道が反対していれば、突然の急用や事故などで行けなくなったりします。
○反対に、そんなに望んでいなくても、自然にことが運び、いつの間にかそうなってしまった、と言うような時には、他の霊たちが、そのように仕向けている時です。
○全くみんなバラバラの主張をしていると、迷って迷ってなかなか決められなかったり、日によって気持ちが変わったり、邪魔が入ったりします。そして結局目的が定まらないまま全部うまく行かず、まわりに「意思が弱い」なんて言われるようになります。

 実は、一人の人間の中にも、この「六道」があります。意見も性質も違うこれらの霊から、私たちは考え方や行動にいつも影響を受けているんです。ですから、この六道が、意見がバラバラで、好き勝手な主張をしていると、その人は正しい判断が出来ず、落ち着きがなく、優柔不断で感情の浮き沈みが激しくなったり、不安になったりします。やりたい事もなかなかうまく行きません。六道が人間道を中心に、正しくちゃんとまとまっていると、その人は人間性がすぐれ、落ち着いていて、いつも迷わず正しい判断をつけられます。何をしてもうまく行くんです。

~車と運転手の関係~
 肉体と魂の関係は、よく車と運転手にたとえられます。すなわち肉体は車であり、魂はその運転手であるのです。もし運転を誤まって車が事故を起こしたとすれば、その罪は運転手の罪であって車の罪ではありません。運転手はその罪の償いのため、死亡事故などであれば刑務所に入れられます。
 霊も同じです。人である時に起こした罪により地獄に堕ちて罪の償いをしなければなりません。また車が古くなれば買い換えるように、肉体も寿命を終えれば亡くなり、運転手である霊は一時車から降りて(霊界で)生活するも、再び別の肉体(車)に乗って新たな人生(人間以外に生まれるかも知れないが)を歩むのです。
 このように車を次々に乗り換えるように生まれ変わり、霊界と現象世界を行ったり来たりすることを輪廻(りんね)と言います。そして輪廻は六道輪廻と呼ばれるように、六通りの道があるのです。
 ようするに車の搭乗者は一霊だけではなく、この六道に属するそれぞれの霊が乗って肉体を共有しているのです。この肉体(車)に乗っている霊は全て自分自身であり、ご先祖、一族の霊達(霊団)でもあるのです。その時、通常は車のハンドルを握っているのは人間道の私であり、行き先は霊団の総意で決まります。しかし、時として他の五道のいずれかがハンドルを握っていたりします。そうするとその霊の気質や苦しさが車の動向(人の言動や行動)に大きく影響してしまうのです。また、まれに自分以外の別の霊がハンドルを握ってしまうと、自分で自分の行動が制御できない事態も起きるのです。

~肉体は六道共通の依り代~
 肉体はその者にとって深い霊の共通の依り代として、乗り合いの車の如く使われています。そして人の意思はこの霊たちの融合した思い、総意によって決まるのです。従ってこれらの霊はすべて私自身であるとも言えるのです。
 しかし、この霊たちは大きく六つの道に分けられ、それぞれ気質が異なり、修めるべき課題が違います。
 気天道はプライドが高く優越感が強く、阿修羅道は闘争心が強く争いを好み、人間道は自立心が強く、人に対して壁を作ってしまいます。畜生道は欲望を抑えることができず、餓鬼道は何に対しても満足できず感謝できない。そして地獄道は無気力となる。というように六道供養されていないと、このように悪い面が出てきてしまいます。しかし六道が人間道を中心に正しくまとまれば、人間性が優れ、正しい判断により道を歩むことができるのです。
 ある時、理天のご神仏よりこのような問題が出されました。「得道して理天に返ることのできる霊は六道の内どの霊か?」
 ①六道すべて
 ②気天、阿修羅、人間の上三道の霊
 ③人間道の霊のみ
 さて、皆さんの答えはどれでしょうか。正解は③の人間道の霊のみです。しかし、ご神仏は③と答えた者に対し、それでは悲しすぎる。道を得て、六道が正しくまとまり(六道供養がなされ)、救霊、修道するならば六道全てが救われ理天へと返ることができる。六道は一蓮托生として①の答えも正解としました。
 得道するとは、先祖、一族を救う代表として選ばれたに過ぎません。道を得た後に如何に多くの縁ある霊を救うかが霊の器の大きさであり、肉体(車)の乗車定員を決めるのです。その志が強ければ強いほど、多くの霊を導き、救って行けるのです。

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