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6、四難を越えて

 先得後修によって、簡単に法を得られたかに思えますが、法を得るために四つの難関を突破してきたのです。
 すなわち、「1、人身得難く 2、法域に生まれ難く 3、明師にめぐり難く 4、大道に逢い難し」この四つを『四難』と申します。
 まずは、得道するには肉体を持っていないと受けることができませんから、人として生まれてくる難関。次に、その時代に天道が伝わっている土地に生まれてくる難関。次に、その土地で天道を行ずる人にめぐり合う難関。そして最後に、自分自身がこの道を信じ、法(三宝)を求め得ようと決心をする難関を乗り越えて、やっと得られたのです。

 私たちは前世、前々世の徳、またご先祖さまの隠徳によりまして、この四難を越え、得難き法を得ることが出来ました。何故に四難を越えることが出来たのでしょうか。

  それはご先祖さまが、その縁をたどり、私たちに何としても一族の代表として法を得て欲しいと、自らを犠牲にされたからです。また、私たち自身の使命として、一族を救わせて頂くと約束して地上に下生したのであります。その意味では、後修とは自らのご先祖さまを救い、また自らの人生の真の意義を明らかとすることに繋がるものと言えます。

 自らの因縁のしがらみは、前世、前々世の積み重ねによって、今世に現されたものです。それは、あらゆる障害となって現れてくることとなります。

 今、私たちは先祖の支えがあり、一族の因縁を切り換える時にあいました。先得後修とは、先に理天界への切符を得て、後に自己を修めると共に、支えて頂いたご先祖も、共に理天界に帰らせて頂くと言う意味のものです。
 『供養』と言う字は「人と共に養う」と書きますが、自らをして修めていくことが供養へと繋がります。その意味では後修とは、先祖と共に因縁を解消して行くこととも言えます。天道の護摩木を奉納したり、御神水を飲んだり、また知人友人にそれを伝えたりすることが修めることに通じ、真なる先祖供養となります。その先祖供養の最高峰、最大のご恩返しとなるのが超抜式です。

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